東亞文化交流研究室 - 專書一覽
近代東アジアのアポリア
  • 作者:徐興慶 編
       山室信一,劉建輝,馬場公彦 等著
  • 出版社:國立臺灣大學出版中心
  • 出版日期:2014年1月
  • 語言:中文、日文
近代東アジアのアポリア
目  次

序 論 アポリアを問い返す力………………………………………………………………… 山室信一 1
第一章 国民国家と国民帝国への眼差し
    ―東アジア人文・社会科学研究の課題と方法―………………………………… 山室信一 15
第二章 近代東アジアの濫觴―広州十三行の歴史的意味―……………………………… 劉 建輝 47
第三章 日本人のなかの中国革命伝統―その再生と消失―……………………………… 馬場公彦 67
第四章 1872年の「マリア・ルス号事件」と近代日中関係……………………………… 劉 岳兵 93
第五章 交易の海賊史観にむけて:美術品交易を中心にして…………………………… 稲賀繁美 123
第六章 韓国における「伝統」文化と政治的動学………………………………………… 宋 錫源 153
第七章 日本と朝鮮半島との関係…………………………………………………………… 東郷和彦 169
第八章 韓国の地域外交と「東アジア」…………………………………………………… 李 鍾元 201
第九章 19世紀末東アジア世界と社会進化論
    ―韓國における受容と機能を中心に―…………………………………………… 金 錫根 225
第十章 日本における韓国/朝鮮研究とその課題………………………………………… 木村 幹 261
第十一章 近代日本における徳富蘇峰の思想「轉向」をめぐって……………………… 徐 興慶 295
第十二章 近代化と「アジアの想像」……………………………………………………… 緒形 康 337
人名索引………………………………………………………………………………………………………357
事項索引………………………………………………………………………………………………………367
編集者略歴……………………………………………………………………………………………………390
執筆者略歴……………………………………………………………………………………………………391
序  文
山室信一

序論 アポリアを問い返す力

アポリアとは何か

本論集は、台湾・中国・韓国・日本に研究拠点をもつ12名の筆者が、東アジアにおいて自らが最も切実で重要な課題として認識するテーマについて分析した論考を集め、これを『近代東アジアのアポリア』と題して公刊するものである。

そこには、ある一国内の研究者だけでは捉えきれない問題や、およそ自国内での研究ではテーマとして想定されることさえない問題が提示されているという点において、震えるような「驚きの発見」を体験できる構成となっている。この事実は、偏に編者である徐興慶教授自らの問題意識のアンテナが東アジア全域に及び、そして同時に台湾大学が「知の集約拠点」として有効に機能していることを物語るものに他ならない。その意味で、本書の刊行にあたっては、何よりも先ず台湾・中国・韓国・日本に研究拠点をもつ12名の研究者を様々な機会に結集して戴いた徐興慶教授と台湾大学のスタッフの皆さまに御礼を申し上げ、今後の更なる御清栄を祈念したい。

さて、表題として掲げられたアポリア(aporia)は、ギリシア語で「道のないこと」「行き詰まり」「困惑」などを意味する。そして、アリストテレスの哲学においては、ある問題について論理的に同じように成り立つ相対立する見解に直面することを指して用いられたものである。そして、現在、日本では一般に、問題が解決困難な困惑した状態、あるいは解決の糸口を見いだすことのできない難問そのものという意味で使われている。日常的な用語で書けば、「途方に暮れた状態、難題」ということになろう。

今、ここでアポリアそのものの語義についての歴史的展開についての議論を進める紙幅の余裕はないが、本論集への導入という局面に限って言えば、その意義については次の二つの事例を挙げておく必要があるように思われる。

まず第1に確認しておくべきことは、なぜ、アポリアを問題にする必要があるのか、という、その「問いかけの根拠」に関する意義である。これに関し、ソクラテスは相手に善や真理や徳などの概念について質問し、その答えに更に反問することを重ねることによって対話者にその答えが不十分であることを自覚させ、それによって対話者は最終的に困惑=アポリアの状態に陥り、自らの考えを撤回し、そのことについて何も知らないことを認めるに至る、という対話法を哲学的思索の方法として用いたとされている。もちろん、それは相手の意見を撤回させ、自らの無知を自覚させることが最終的な目的として設定されているわけではない。ましてや、相手をアポリアの状態に追いこみ、その無知を嘲るための方法などでは決してない。むしろ、何かについて既にそのことは知っていると先験的(アプリオリ)に思い込んでいる人に、本当は知らないということを自ら悟らせ、さらにそれを新たなる課題として研究しなければならないという探究心を燃え立たせることに目的は据えられている。アポリアを摘示するということは、何よりも対話を通じてお互いが、その未解決の課題について知りたいという熱情を湧き起こすことにある、と言えるのである。

そして、ここで留意しておくべきことは、そもそもアポリアという状態を見いだすためには、対話が不可欠の要因となっているということであり、その意味で本論集は台湾・中国・韓国・日本に研究拠点をもつ12名の筆者に対話の場を提供し、さらにその対話空間が読者にも広く開かれている点で重要な存在意義をもっているはずである。そこで読者は、こう問われるであろう、「あなたが近代東アジアについて知っていると思い込んでいることは果たして真実なのでしょうか?また、それをどうして真実と思われるのでしょうか?」と。それは他でもなく、最初の読者の一人として「序論」を書くために本書を通読した私自身の感懐に他ならない。

次に第2の確認しておくべき事柄は、それではそもそも、そのアポリアを見いだすための最初の糸口はどのようにして提示されるのであろうか、という問題である。

これに関して、現在の東アジアに即して言えば、そこには領土問題や歴史認識問題など双方に自らの議論に正当性根拠があるとして主張され、しかし、それ故に相反する議論が等しく成立しているように見える状態すなわちアポリアが眼前に立ち現れ、まさに解決に行きづまった状態にあることが指摘される。そうした問題群は、本論集において1つの主要な領域を成しており、その解決方法についても傾聴すべき有益な示唆が多く提示されている。それが喫緊の重要性をもっていることの意義は、改めてここで特記する必要もないはずである。本論集における東郷和彦・李鍾元・木村幹氏の論考は、こうした一触即発の危険性ゆえに解決を迫られているアクチャアリティをもった問題に関して、外交史と外国研究のあり方におけるアポリアを問い返すという視点から果敢に、かつ精密な考察を重ねることによって解決への道筋を示そうという試みである。

他方、この論集のもう一つの主要な領域を成し、そして台湾・中国・韓国・日本の研究者がそれぞれの独自の視点から提示している特質として挙げうることは、何が探求すべき課題であるのか、というその課題としてのアポリアの析出そのものについての問い返しが行われている点である。アリストテレスは自らの哲学的思索を始めるに当たって「我々が探求している科学の目的においては、何よりも最初に論じなければならない問題を初めに述べることが必要である」(『形而上学』)として、先人たちの頭を悩ませた様々なアポリアの中から最も重要なアポリアを提示することを手始めに自らの探求を進めていった。アリストテレスはアポリアを「相反する推論の相等性」と定義し、両立困難と思われる二つの結論を導くような互いに同等な効力が存在する時、人はアポリア状態にあり、アポリアの提示こそがあらゆる研究の端緒となりうるとしたのである。問いの在処(ありか)を問いかけ、指し示すことからしか、議論は始まらないのである。そうしたアリストテレスの教示に従うとき、私たちにとって現実に直面している領土や歴史認識などのような問題を探求していくための「何よりも最初に論じなければならない問題」とは何であることになるのであろうか?

恐らく、それは「『近代』とは何か」、あるいは「『東アジア』とは何か」、さらには「『東アジアにとっての近代』とは何か」、そして、今なお、それは「何であり続けているのか」という問いかけにならざるをえないはずである。こうした「アポリアそのものの問い返し」という志向性をもった論考として、本論集には劉建輝・馬場公彦・劉岳兵・稲賀繁美・宋錫源・東郷和彦・李鍾元・金錫根・木村幹・徐興慶・緒形康氏の資料の博捜と該博な学識の裏付けられた重厚かつヴィヴィッドな論考が収められており、拙稿もまたそうした研究視角に連なるものである。そこには如何なる形式や内容に依るにせよ、私たちが問題そのものの根源を問い返すためのヒントが、賢明なる読者のために提供されている。
刊行に際して

 台湾大学が戦後に旧台北帝国大学から受け継いだ日本研究に関する文献は、膨大かつ貴重なものであった。そして日本研究は長い歴史と伝統をもつ。この度、21世紀のグローバル化した新時代に日本学研究の潜在力を喚起するために、台湾大学人文社会高等研究院「日本、韓国研究プラットホーム」の発足を契機に『日本学研究叢書』を出版する運びとなった。

 さて、東アジアと言う枠組みで見渡すと、日本、中国、韓国などの国で展開した日本研究は、それぞれに特色のある内容を保っているが、台湾における日本研究は実績があるものの、とりわけ、人文と社会科学分野でクロスした対話は、必ずしも十分とは言えず、むしろ欠如していると言う現状にあると言えよう。

 そうした現状に照らして、本シリーズの刊行は、「人文と社会の対話」というキーワードを問題意識として、共通性と相異性の諸相を明らかにした研究成果をまとめ、次の四つの目的を遂行しようとするものである。

(1)人文社会科学分野における台湾の日本学研究を統合、強化すること。
(2)新たに「日本学研究」の学習環境を切り拓き、若手研究者の養成を深化させ、学際的、国際的な
   方向への発展を期すること。
(3)日台両国の関連研究機構と緊密な連携を促進し、東アジアにおける日本学研究の構成を積極的に
   推進させ、国際共同研究の達成を目的とする。
(4)世界における日本研究の成果を生かし、台湾独自の特色ある日本学研究の発展を確立すること。
 
 本書は台湾大学の「日本学研究叢書」の一冊として近代東アジアにおけるアポリアの諸問題をめぐって、国際関係学研究の視野を入れた貴重な成果を見せ、新しい視点と方法の展開を示唆し、台湾における日本学研究の発展に大きく寄与するものであることは特筆されよう

 本シリーズは、国境のみならず、学問的領域を越え、学術の国際化を図るために、台湾では初めて日本語による単行本の出版を試みたものである。今後も、さらに高度な研究成果が本叢書から創出されることを願っている。

 2013年12月16日

   編集委員長
    徐 興慶
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